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IFRS(国際財務報告基準)では、会計上の利益を測定するために、「資産・負債アプローチ」という考え方を採用しています。「資産・負債アプローチ」とはどのような考え方なのでしょうか?また、従来の伝統的な会計観である「収益・費用アプローチ」とはどこが違うのでしょうか?
目次
利益測定のための二つのアプローチ
「収益・費用アプローチ」とは何か?
「資産・負債アプローチ」とは何か?
「収益・費用アプロ―チ」重視の時代
「収益・費用アプロ―チ」から「資産・負債アプローチ」への転換
IFRSが採用する「資産・負債アプローチ」とはどのようなものか?
会計上の利益をどのように測定するかにあたって、会計の世界では、二つのアプローチがあると言われています。ひとつが「資産・負債アプローチ(asset and liability view)」であり、もうひとつが「収益・費用アプローチ(revenue and expense view)」です。アメリカの会計基準設定主体である財務会計基準審議会(FASB)が、1976年の討議資料において、財務会計及び財務報告のための概念フレームワークの基礎として、「資産・負債アプローチ」、「収益・費用アプローチ」のうち、いずれのアプローチが選択されるべきかという問題提起を行いました。この討議資料によって、世の中に初めて「資産・負債アプローチ」という概念が登場しました。それまでは、会計上の利益を測定する考え方として、「収益・費用アプローチ」の考え方が支配的であり、いわゆる会計上の利益は、一会計期間(フロー)における収益から、期間的に対応する費用を差し引いて計算された差額として捉えられてきました。
「収益・費用アプローチ」においては、会計上の利益を測定するために、損益計算書における収益とは何か、費用とは何かを定義することが重要であり、その両者が決まれば、自動的に利益が測定されると考えられていました。
伝統的な「収益・費用アプローチ」のもとでは、収益はいわゆる実現主義(realization basis)に基づき認識されます。すなわち、商品を販売する企業であれば、顧客に商品を引渡し、その対価として現金又は現金等価物(売掛金等)を受け取った時点で収益が認識されます。「収益・費用アプローチ」では、一会計期間(フロー)の中で「実現」したものが収益と定義されるのです。一方、購入した商品は、取得原価で記帳され、商品の販売時に売上原価として収益と期間的に対応されます。また、企業が事業で使用する固定資産も、購入時に取得原価で記帳され、固定資産の使用を通じて、減価償却費として収益と期間的に対応されます。さらに、その他の費用についても、一会計期間(フロー)に発生したものが損益計算書に計上されます。このように、伝統的な「収益・費用アプローチ」では、収益と費用を期間的に対応させることが最も重要であり、これにより、企業の一会計期間(フロー)における成果(収益)と努力(費用)の差額としての儲け(利益)が測定されることになるのです。
「収益・費用アプローチ」による利益=(一会計期間における)収益-(収益に期間的に対応する)費用
「資産・負債アプローチ」は、期首と期末の資産や負債の増減により利益を測定する考え方で、「収益・費用アプローチ」とは異なり、資産や負債の定義を先に決定することが最も重要になります。
「資産・負債アプローチ」による利益=期末(資産-負債)-期首(資産-負債)
「資産・負債アプローチ」では、資産を企業の経済的資源(企業に儲けをもたらすもの)、負債を企業の経済的資源に対する犠牲(企業に儲けをもたらすものを移転する義務)と定義し、資産の増加額と負債の減少額が収益に、資産の減少額と負債の増加額が費用になります。
資産の増加額、あるいは負債の減少額⇒収益の額
資産の減少額、あるいは負債の増加額⇒費用の額
つまり、バランスシートの構成要素である資産・負債こそが先に決定されることになり、これらの変動にもとづいて損益計算書の構成要素である収益・費用が決定されることになります。この点、フローから一義的に収益及び費用を定義した「収益・費用アプローチ」とは異なり、「資産・負債アプローチ」は、ストックから事後的に収益及び費用が定義されるのです。
よく「資産・負債アプローチ」は公正価値思考であり、バランスシートにおける資産や負債の価値をいうストックの評価を重視し、その差額により利益が決定されるとする解説がしばしば散見されますが、それは誤りです。「資産・負債アプローチ」は、資産や負債を先に定義して、その変動額により利益を測定する考え方にすぎないので、決してストック評価による利益を測定する考え方ではないのです。現に、IFRSにおいても、金融商品のように公正価値評価される項目あれば、有形固定資産のように取得原価で測定される項目もあり、全面公正価値モデルではなく、混合測定モデル(公正価値による測定と取得原価による測定が混合したもの)といった方が実態に合っているのです。
第一次産業革命以降、伝統的な製造業が支配する社会では、本質的には、投下した資本(在庫、固定資産等)が一会計期間(フロー)にどれほどの利益を生むのか、すなわち、投下資本の回収計算としての利益情報が重視されるため、「収益・費用アプローチ」はまささにそのようなニーズに合致した利益の測定方法といえました。なぜなら、企業の経営者は、株主等に対して、株主等から提供を受けた資金によって、一会計期間(フロー)にいくら儲けたのかを報告する必要があったからです。
では、なぜストック重視の「資産・負債アプローチ」が登場したのでしょうか?
産業構造の変化にともなって、製造業から金融業等が産業の中心となる社会では、もはや「収益・費用アプローチ」では、企業のパフォーマンスを適正に測定することが難しくなってきます。なぜならば、これらの社会においては、投下資本の回収計算によって利益を獲得するだけでなく、高度に発展した金融市場のもとで、企業が保有する金融資産及び金融負債の公正価値(時価)の変動によって利益を獲得することが可能になるからです。すなわち、企業が保有している金融資産(負債)を金融市場で売却することにより、企業はいつでも利益を獲得することができるのです。
1970年代の米国は、高いインフレ率や株高を背景に様々な金融商品が開発され、企業にも多く販売されるようになりました。その結果、企業のバランスシートにおける金融商品の保有割合は増加し、企業は高い市場リスク(金利や株価等の変動によるリスク)に晒されるようになったのです。また、1970年代の米国の高いインフレ率は、期間損益の中にインフレ利益が混入するという問題を引き起こしました。つまり、「収益・費用アプローチ」のもとでは、資産は取得原価で記帳される一方で、商品の販売価格はインフレにより上昇しますので、販売時にインフレ分の利益が期間損益計算の中に混入してしまうのです。このように、伝統的な「収益・費用アプローチ」では、物価上昇によって、資産の帳簿価額が時価と大きく乖離するだけでなく、企業の一会計期間(フロー)の儲け(利益)を測定することが困難になったのです。
このような時代的背景もあって、金融商品の市場リスクの影響をバランスシートに計上するとともに、資産に公正価値(時価)の変動を反映する「資産・負債アプローチ」による利益の測定方法がより合理的であると考えられるようになりました。つまり、会計上の利益は、一会計期間(フロー)の情報としての利益ではなく、ストック情報からもたらされる利益の方が、会計の目的に合致していると考えられたのです。これにより、いわゆるストックからの利益である「包括利益」という新しい利益概念が登場することになります。1976年のFASBの討議資料は、このような時代背景も踏まえて公表されたものであり、現在も引き続き「資産・負債アプローチ」は、米国基準(USGAAP)やIFRSにおいても支配的な考え方となっているのです。
しかし、今日のIFRSにおいて、収益及び費用の期間的対応といった考え方が完全に消滅したわけではありません。2018年改正のIASBの概念フレームワークにおいても、資産、負債または資本の定義を満たさない項目を財政状態計算書に認識することは認められませんが、販売によって収益と費用が認識されることから、販売による収益とそれに関連する費用との同時認識は、費用と収益の対応(マッチング)と呼ばれることがあるとし(第5.5項)、現行のIFRSにおいても、収益及び費用の期間的対応という考え方は残っていることがわかります。つまり、現行のIFRSにおいても、企業の一会計期間(フロー)の儲け(利益)の情報は、企業の業績を測定するための重要な会計情報の1つと考えられているのです。したがって、IFRSが採用する「資産・負債アプローチ」は、ストックからもたらされる利益(包括利益)を最も重視しつつも、フローからの利益(当期利益)も重視する、いわばハイブリッドなアプローチになっているのです。
IFRSを学ぶには、IFRSの英文基準書を読みこむのが王道かもしれませんが、基準書の独学は困難を極めます。IFRSCertificateプログラムでは、基準書の内容を日本語で再構成しており、設例も豊富に含まれているため実際の会計処理をイメージしながら学ぶことができます。
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岡田 博憲
ひびき監査法人パートナー、アビタスUSCPA(米国公認会計士)、IFRS Certificate(国際会計基準検定)各プログラム講師
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