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会計基準は、財務諸表の利用者が意思決定を行うにあたって、企業の財政状態や経営成績を測定するための「モノサシ」であり、いわば資本市場のインフラとなるものです。会計基準を開発するにあたっては、会計実務の中に慣習として発達したものの中から必要なものだけを抽出し、それらを一般化して会計基準を開発するアプローチと、先に基本概念や前提を設定し、それらに基づいてあるべき会計基準を開発するアプローチがあります。前者が「帰納的」なアプローチであり、後者が「演繹的」なアプローチと言われています。
「帰納的」なアプローチにより開発された会計基準は、会計実務への適合性が高く、基準の内容を正確に理解していれば、実務家は比較的容易に会計処理することが可能と考えられています。しかし、経済社会が変化する毎に、既存の会計基準では会計実務への適用が困難となり、その都度新しい会計基準の開発が必要となります。その結果、「帰納的」アプローチでは、会計基準のボリュームが膨大なものとなり、基準間の理論的整合性が失われていくという問題を抱えています。
一方、「演繹的」アプローチは、基本概念や前提をベースにあるべき会計基準が開発されることから、「帰納的」なアプローチと異なり、基準間の理論的整合性は保たれることになります。また、会計基準として、原理原則のルールのみを設定することにより、社会やルールが異なる国においても、自国の会計基準として受け入れることが容易になります。しかし、会計基準の適用にあたっては、基準の基本概念や目的を理解したうえで、経済的実態に応じて会計処理を判断する必要があり、会計基準に判断基準やガイドラインが存在しない場合、「演繹的」アプローチに基づく会計基準は、実務家にとってはややハードルの高いものとなります。
会計基準を本質的に理解するためには、その国の会計基準がどちらのアプローチによって開発されているかを理解することが重要です。それでは、日本基準、米国基準(USGAAP)、国際財務報告基準(IFRS)が、それぞれどのアプローチによって開発されているのか、順番に解説を行いたいと思います。
わが国の会計基準は、歴史的に「帰納的」アプローチを採用しているといわれています。企業会計原則の前文二1に、「企業会計の実務の中に慣習として発達したもののなかから、一般に公正と認められたところを要約したものであって、必ずしも法令によって強制されないでも、すべての企業がその会計を処理するのに当たって従わなければならない基準である。」とあるように、会計実務の中で自然発生した慣習のうち、公正妥当なものを抽出して集成した、いわば「帰納的」アプローチによる会計基準となっています。つまり、実務から理論(基準)という流れで会計基準が開発されています。
しかし、前述のとおり、「帰納的」アプローチによる会計基準は、実務への適合性といった面では優れているものの、経済社会の変化に伴って会計基準がピースミール化し、基準間の理論的整合性を失っていきます。そこで、日本の会計基準設定主体である企業会計基準委員会(ASBJ)は、2006年に討議資料「財務会計の概念フレームワーク」を公表し、概念フレームワークを基本概念とした基準の開発、すなわち、「帰納的」アプローチから「演繹的」アプローチへの転換を図ろうとしました。しかし、現時点においては、討議資料のままとなっており、「帰納的」アプローチから「演繹的」アプローチへの転換は達成できていない状況です。
また、1990年代後半から始まった会計ビッグバンにより、日本基準は国際的な会計基準(IFRS、 USGAAP)とコンバージェンスされましたが、日本基準には、IFRSやUSGAAPのような概念フレームワークが存在しないので、「演繹的」なアプローチをとる米国基準をベースに多くの日本基準が開発された結果、日本基準は従来の「帰納的」アプローチに基づく会計基準と、「演繹的」アプローチに基づく会計基準が混在した、理論的整合性を欠く、「カオス」な会計基準となってしまいました。最近では、2018年3月にASBJによって、新しい収益認識基準が開発されましたが、この収益認識基準は、IFRS第15号(顧客との契約から生じる収益)における会計基準及びガイダンスの内容を基礎としており、こちらも「演繹的」なアプローチをとるIFRSの基準をそのまま日本基準として受け入れるという状況になっています。国際的な会計基準が収斂されることは、国際的な企業間の比較可能性が高まり、財務諸表の利用者にとっては大変好ましいことですが、わが国の会計基準は、会計理論的には整合していない状態であると言わざるを得ません。
米国においては、1917年に連邦準備制度理事会と会計士協会によって共同で開発された”Uniform Accounting”以降、民間の専門家が中心となって、実務における会計基準のベスト・プラクティスを集成してきました。GAAP、すなわち、” Generally Accepted Accounting Principles“(一般に公正妥当と認められた会計原則) という言葉からも分かるとおり、USGAAPの開発は、「帰納的」なアプローチからスタートしました。ところが、日本基準と同様に、このアプローチでは会計基準そのものがピースミール的なものとなり、基準間の理論的整合性が取れなくなります。こうした弊害を受けて、1960年に入って、基本概念や少数の前提から基準を開発する、いわば「演繹的」なアプローチが採用されたのです。1966年にAAA(アメリカ会計学会)が公表した“A statement of basic accounting theory(ASOBAT)”が、「意思決定有用性アプローチ」を提唱して以降、会計あるいは財務報告が、情報利用者の意思決定に有用な情報を提供するシステムとしてとらえる見方が支配的となり、「意思決定有用性」という基本概念から、あるべき会計基準を演繹的に開発する手法が採用されるようになりました。その後、このアプローチは、1970年代後半の米国財務会計基準審議会(FASB)の概念フレームワークに受け継がれていくことになります。
ところで、今日のUSGAAPは、「演繹的」なアプローチに基づいて開発される会計基準であるといえるのですが、USGAAPは、原理原則のみを設定した会計基準ではなく、極めて膨大な解釈指針やガイドラインを伴った、細則主義的な会計基準としての特徴を持っています。これは米国の訴訟社会の中で次第に会計基準が細則化していったためであり、USGAAPが、「演繹的」アプローチに基づく会計基準であることには変わりがないと言えます。
国際会計基準審議会(IASB)の前身である国際会計基準委員会(IASC)が1989年に「財務諸表の作成及び表示のためのフレームワーク」を公表しましたが、これが、今日の財務報告のための基本概念の包括的なセットである、「財務報告のための概念フレームワーク」のベースとなっています。2004年に、IASBとFASBは、共同で概念フレームワークを見直し改訂することを決定し、2010年まで概念フレームワークの開発を進めていましたが、結局、両審議会は、2010年に概念フレームワークの共同開発を中止しました。共同開発を中止した理由はさておき、IFRSが「演繹的」アプローチをとる会計基準であることは、USGAAPと同様に、会計基準の開発にあたっての基本概念である概念フレームワークを有することからも明らかです。IASBの概念フレームワークには、財務報告が誰のために、あるいは何のために必要なのか、その目的を達成するためにどういう情報を含んでいなければならないのかという根本的な考え方が含まれています。IASBは、概念フレームワークに含まれる基本概念や前提に従って、IFRSの改訂や開発を行っています。
ところで、IFRSは、一般的に原則主義の会計基準であると言われています。厳密には、IFRSの中に判断基準を含んだ基準があり、基準とは別にIFRIC(国際財務報告解釈指針委員会)等が提供する解釈指針が存在していますが、USGAAPのような膨大なガイドラインや解釈指針を有していません。これは、IFRSがグローバルな資本市場で利用されることや、会計基準開発のリソースのない発展途上国が、IFRSをベースに会計基準を設定することを前提としているためであり、実際にグローバルな会計基準として、多くの国でIFRSが要求(require)又は容認(permit)されています。例えば、タイやベトナムといった東南アジアの国々では、IFRSをベースとした自国の会計基準を設定していますが、これは自国の会計基準をゼロから開発するより、IFRSをベースに開発する方がより合理的だと判断するからです。
このように、原則主義のIFRSを適用するにあたっては、IFRSの概念フレームワークを十分理解したうえで、それぞれの企業で独自に判断基準やガイドラインを整備、運用するとともに、その「演繹的」な判断プロセスを財務諸表の利用者に伝達することが必要になります。IFRSを適用した財務報告の開示量が増えることは、IFRSが「演繹的」アプローチをとった原則主義の会計基準であることからも説明することができます。このことは、会計実務者にとって、日本基準やUSGAAPの適用にない、新たなチャレンジになるといえるでしょう。
岡田 博憲
ひびき監査法人パートナー、アビタスUSCPA(米国公認会計士)、IFRS Certificate(国際会計基準検定)各プログラム講師
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